愛しいもの。
大切なもの。
守りたいもの。
傍にいてほしいもの。
幸せでいてほしいもの。
Especially
「アルフォンス?」
夜の街を家へと歩いていたロイは、路地裏に響いた耳慣れた音に、確かめるような声を紡いだ。
かしょっ、と怯えたように鎧が泣いて、ロイは相手を知るとゆっくりとその闇に染まった路地裏へと足を運んでいく。
「どうした? 動けないのか?」
「……、」
「かくれんぼではないのだろう?」
応えないアルフォンスに優しい声で訊けば、きぃ、と鎧が泣いて、月灯りの下にやわらかな光を宿した瞳が浮かび上がった。
ロイはうずくまったままのその姿の前に膝を落とし、その顔を覗き込む。
「どうしたんだ?」
「……僕、今すぐにでも死んじゃうかも知れないんです」
「…アルフォンス、」
小さく震えている子供に、ロイはそっと手を伸ばした。
エドワードから報告は受けている。この身体には誰にもわからないリミットが課せられている。
それは、魂と肉体は切っても切れない関係にあることを示し、バリーの一件から証明もされていた。
人ではない肉体に、定着させてある魂の期限など、誰にもわからないだろう。
「……今すぐ、消えてしまうかも知れないんです、」
呟く声に、ロイは伸ばした手でその腕に触れた。
夜露に濡れた鎧の腕をやさしく撫でて、その頭を宥めるように撫でてやる。
いつもなら嬉しそうにかしょん、と鎧を鳴らす子供は、ふるり、とその身体を震わせて俯いてしまった。
「わからない、」
「アルフォンス、」
「わからない。何も、何も感じられない。僕が死んだら、僕のいた証は何も残らない。……残るのはこの冷たい鎧だけ」
かしょ、と鎧が小さく泣く。
今更に、どれだけの不安を抱えているのだろうと、ロイは瞳を眇めた。
誰にも言えず、こんな場所で泣いている子供を、ロイはやさしく撫でる。
いつもやさしく立ち、あの兄の背中を守り続けていた子供の痛み。
ロイは両腕を伸ばして夜露に濡れたその頭を強く抱きしめた。
「……大佐、」
「何も残らないのは、皆同じだ」
「…おな、じ?」
「同じだ、アルフォンス」
「でもっ、僕は!」
かしょんっ、と顔をあげたアルフォンスの頭を、ロイは何度も撫でてやる。
「同じなんだ、アルフォンス。冷たい躯に人は愛を抱けない。そこにあるのは哀しみだけだ」
「…大佐、」
「死ねば、誰もそうだ」
かしょん、と鎧の頭を撫でながら、エドワードにするようにその背中をとんとん、と叩いた
伝わらないはずがない。この子供は、こうしてロイの声を聴いている。そして、何よりもやさしく、聡明な子供だ。
とんとん、と繰り返しながら、ロイは小さく微笑う。
「大佐?」
「だがね、アルフォンス」
「…はい、」
「何も残らないはずもない」
「……大佐?」
不思議そうな声をあげるアルフォンスに、ロイは悪戯っぽく微笑ってみせた
見上げてくる眼差しは、ただまっすぐにロイを見つめ、その素直さにロイはやさしく頷く。
「私たちは科学者だ。錬金術は魔法じゃない。人間は万能を求めるが、決して万能にはなれない。
人間は神を求めるが、神にはなれない。そして、だからこそ、人間は不死にはなれない」
「……不死には、なれない、」
「そうだ、アルフォンス。だが、死んでしまったからといって、すべてが無に帰ってしまうわけでもない」
かしょん、と小さな音を響かせて、アルフォンスがこちらを見つめているのがわかった。
ロイは静かにその背を叩きながら、少しでもこの子供の痛みが癒えればいいと願う。
この兄弟は、本当に愛されて育ってきたのだと、こんな小さなしぐさにも感じた。
人の目をまっすぐに見つめられるのは、その心に疚しさがないからだ。
そして、二人の母親がまっすぐに子供たちの瞳を見つめて育ててきたのだとわかる。
ロイはその眼差しをやさしく見つめ返し、静かに声を続けた。
「君は、母君のことを忘れてしまったか? 母の思い出は、その中にないか?」
「……お母さん、」
「死んでしまった相手は、『無』になってしまったか?」
かしょんっ、と首が振られた。
横に。
何度も首を振るアルフォンスに、ロイはやさしく頷くとその頭をそっと撫でる。
詭弁だと文句を言われてもおかしくない言葉にも、素直な子供はただ頷いてくれた。
「だからといって、怖くないわけではないな、」
「……大佐も、怖いんですか?」
「怖いよ、アルフォンス」
「怖い……? 大佐も…?」
「いなくなってしまうことを考えることは怖いな、アルフォンス。
残された人が哀しむことがわかっているなら余計につらい。
もう傍にいてやれないと思えば胸が苦しい。……そして、ただ怖い。それがあたりまえだ、アルフォンス」
ぽんぽん、とその背中をあやすように叩く。
ふるりっ、と鎧の身体が大きく震えた。ロイはもう一度両腕を広げ、その頭を深く抱きしめる。
「泣いていい。ここには私しかいない。……泣いていいんだ、アルフォンス」
「……、あ、ぼ、僕は、泣けな…っ、」
「泣いているじゃないか、こんなにも。…エドワードの前では泣けなかったのだろう?
君はやさしい、兄思いのとてもいい弟だ」
かしょ、と鎧が泣いた。
せつない気配を溢れさせ、アルフォンスの手がロイの背に回される。きゅう、と握りしめてくるその必死さに、ロイはやさしくその背を叩いた。
「目に見えることばかりが真実ではない。……泣いていいんだ、アルフォンス」
「ぃさ……っ、大佐っ」
涙がこぼれるかどうかなんて、問題ではないと思う。
あのやさしい兄の前では泣けなかったから、アルフォンスはこんな夜の闇に隠れるようにして泣いていたのだから。
互いの前で泣けないやさしい兄弟に、ロイは自分の前で泣いてくれるならそれはとても幸せなことだと思う。
こんな自分でいいのなら、いくらでもこの胸を貸してやろうと。
子供はこうやって強くなっていくものなのだから。
「君を失いたくないと、皆が思っている」
「……っ、…はい、」
「私も、君を失いたくはないよ」
かしょん、と頷く頭に、ロイはとん、とん、とん、と規則正しくその背を叩く。
鼓動のように感じてくれればいい。
目に見えなくても、何もわからなくても、確かにここにいてこうして触れることができる。
何より、あの太陽のような子供があんなにも愛している。
だからどうか、愛されていることを忘れないでくれればいい。
「帰ろうか、エドワードのところへ」
「……はい! ……あ、あのっ、大佐、」
「ん? ……ああ、エドワードには言わないから、安心しなさい」
立ち上がり、見つめてくるアルフォンスに微笑って言えば、戸惑ったような気配が滲んで、ロイは小さく首を傾げた。
「どうした?」
「え、えっと、あの、そうじゃなくって、いえ、それもそうなんですけどっ」
「? …うん? どうした?」
「あ、あの、また、あのっ」
「……ああ、」
かしょん、と泣いた鎧の腕が、ロイの軍服の裾をきゅう、と捕まえてくる
不器用な甘えに、エドワードを思い出したロイは、小さく微笑った。
「泣きたいときはいつでもおいで」
「! 大佐、」
「こんな場所で泣かないで、私のところへおいで」
はい、と嬉しそうに応えて鎧を響かせたアルフォンスに、ロイはやさしく笑顔を返した。
*******
「ただいま、」
かちゃり、とホテルのドアを開けたアルフォンスに、ばたばたと走ってくる音の違う足音。
ロイはびくり、と怖がったアルフォンスの背を軽く叩いてやる。
「アルっ! おまえ、どこ行ってっ!! って大佐ぁ!?」
「やぁ、鋼の」
「……んで、アルと大佐が一緒にいるんだよっ」
がうっ、と叫ぶ小さな兄の姿に、ロイは微笑いながら肩をすくめて見せた。
睨みつけてくるエドワードに、アルフォンスがあわてて手をあげるとごめんなさい、とかしょんと鎧を鳴らしながら謝る。
「どこに行ってたんだ、アル」
「えっと、あの、ね?」
「夕方偶然、街で逢ってね。私が食事につきあってもらったんだ」
「いま何時だと思ってんだ、おっさん」
「すまなかった。……つい、話し込んでしまってね。さすがに君の弟だと感心させられたよ。
本当に聡明で、とても楽しかった」
それは当然! と言い切ってから、エドワードはぴしり、と指を突きつけてきた。
「でも! それとこれとは話が別だ! アル! おまえもおまえだ! 大佐にほいほいついてくなんてどうかしてる!」
「楽しかった!」
「……アル、」
「楽しかったんだ! 大佐と一緒で楽しかったんだよ……」
どこか呆然としているエドワードに、アルフォンスはかしょんと鎧を鳴らして俯いてしまう。
ロイは、不器用な兄弟に、ひそりと溜息を落とした。
こんなにも互いを思いあっている兄弟などそうはいないというのに。
ロイの見つめる前で、アルフォンスがまた頭を下げてみせる。
「でも、遅くなってごめんなさい」
「……アル、」
「大佐は悪くないから。僕がお話したくて、だから、悪くないから、」
必死で庇う弟の姿に、エドワードが複雑怪奇な顔でロイを見上げてきた。
「アルに手ぇだしたら、ぶっとばすからなっ」
「あのなぁ、」
「兄さん、やきもちならもっとわかりやすく妬かないと」
「おや、やきもちだったのか」
「なっ! ちがっ、ちがう! おまえ、アル、ばかっ!」
真っ赤になって叫ぶエドワードに、ロイは珍しさも手伝って思わず傍観してしまう。
「違わないでしょ? 心配しなくっても、大佐はちゃーんと兄さんのことが大好きだから大丈夫だってば」
「なんだ、そんな心配だったのか。鋼のもなかなか可愛いところがあるな」
「ちっがーうっ!!!」
ぎゃーっ、と喚いてじたじた、と暴れだしたエドワードに、ロイはアルフォンスと顔を見合わせてやさしく微笑った。
******
愛しいもの。
大切なもの。
守りたいもの。
傍にいてほしいもの。
幸せでいてほしいもの。
そのすべてになりうるもの。
両腕に抱きしめる。
見失わないように。
失くしてしまわないように。
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管理人のコメントコーナー
おーとめーしょん・ふぁくとりー様のフリー小説です
誘惑に負けてしまい、いただいてきました…。
こんなアルが書きたいよー、こんなロイ+アルが書きたいよー…
copyright おーとめいしょん・ふぁくとりー 和崎 湊