誰もが決して朽ちる事のない花を持つ


『懐く花』



青々と茂った桜の青葉。
夏の季節を過ぎようとしている尸魂界の桜の花は、当たり前だが既に散ってしまっている。
四方を桜の木に囲まれたこの小さな空間で、砕蜂は誓いを立てた。
主君であった、四楓院 夜一をずっと護り続けると、この場所で誓った。

尸魂界、四大貴族の養女 朽木ルキアの極刑から始まった、尸魂界全土を巻き込んだ藍染
 惣右介の反乱。
藍染の反乱は、尸魂界と現世に多大な影響を与えた。
いや・・・・これから与えられるのだろう。
そこまで考えて、砕蜂は頭を振った。


「私は、愚かだな・・・・・」


雲一つない澄み切った青空からは、夏の照りつける太陽の光が、幾重にも張り巡らされた桜の葉に遮られ、自分の頬に触れる頃には何とも優しいものになっていた。


護ると誓った夜一に裏切られたと絶望し、自分が呑み込まれぬようにと足掻く術に、彼女を利用した。
きっと誰よりも彼女を敬愛していたであろう自分が、その彼女を更に遠ざけた。
百年の隔絶は、それを与えるに余りある時間だった。

皮肉にも再び、裏切り者として私の前に現れた彼女。
百年前と違ったのは、明らかにされた真の戦禍と和解。



「これでは、大前田の言った通りではないか」


砕蜂は自嘲的な笑みを、一滴の涙と共に零した。


一時間前。四人の人間の子供が穿界門を潜り現世へと、己達が居るべき世界へと帰って行った。
百年間待ち続けた主君、四楓院 夜一と共に。

本来なら、自分はそれを喜ばなくてはいけない立場にある。
事実はどうあれ、夜一は尸魂界の法に背き、罪を犯した。
罪とは、侵せば決して償えぬもの。
事実も心情も関係なく現状として世界に突き立てられる。だからこそ意味を持つ。
彼女が百年前と同じ様に尸魂界に留まる事は出来ない。
それがたった一つの現実だ。
再び四十六室が構成されれば、彼女は罰せられる。
だから彼女が現世へと戻る事は、喜ばしい事なのだ。

頭の中ではそう、言い聞かせてきた。
百年の隔絶を埋めるには余りにも短すぎた、夜一と過ごした七日間。
幸福であった。
まるで、百年前に戻ったようだった。
穿界門を一番最後に潜った夜一の手を捕まえて、引き戻してしまいたかった。


「あんた、本当にどうしようもねえな」

他人の事になど欠片も興味を示さぬ、正に私にはうってつけの副官。大前田 希千代が、私の片腕を掴んでいた。
どうせ、欠伸の一つでも吐きながら、ニヤニヤと薄ら笑って私を見ているのだろう。

「寂しいんなら、泣きゃーいいんすよ」

離した手を今度は砕蜂の頭に乗せ、ぐりぐりと力任せに撫でつける。

「あんたはまだガキなんすから、しゃーないんすよ」
『ッ!五月蠅い!!』


砕蜂は大前田の顎を乗せられていた腕ごと蹴り上げ、そのまま瞬歩を使い双極の丘から姿を消した。
どしんと地響きをさせて尻餅をついた大前田の前に、狛村の手が差し出される。

「ああ、すんませんね狛村隊長」
「いや。砕蜂はどうしたのだ?」

砕蜂が消えた方へと視線を向ければ、高速で移動を続けていた霊圧が止まっていた。

「寂しいんすよ、隊長」
「寂しい?」

鸚鵡返しに聞き返す狛村に、大前田は服に付いた土を払いながら、別段気にした様子も無く続けた。

「百年間、必死に追い続けた四楓院がまた遠くに行っちまった・・・・」
「あんたと一緒っすよ、狛村隊長」
「!・・・大前田?」

砕蜂が居るであろう森を、目を細めて一瞥した大前田が狛村に背を向ける。

「俺だと蹴り飛ばされるのがオチなんで、後は狛村隊長に任せますわ」
「大前田!?」
「母上が飯用意してるんで、これで」

ガハハハと豪快な笑みを残して、大前田も一瞬にして姿を消した。
残された狛村だけが、大きな溜息を吐いた後、砕蜂の居る森を目指し跳躍した。




「砕蜂居るのか?」

突如響いた狛村の声に、砕蜂はご慌てて流れ続けていた涙を手甲布で拭った。
ガサガサと葉擦れの音がする方向を、睨み据えるように見詰めた。
徐々に近付く音と共に、狛村の巨体が砕蜂の視界にも入る。

「何の用だ、狛村」
「・・・・・泣いていたのか」
「ッな、泣いてなどいない!!莫迦を言うな狛村!」
「前にも同じ台詞を言われたな。お主には」
「前にも・・・」

毅然たる態度で狛村を見据えていた砕蜂だったが、狛村の一言に、白かった頬を夕陽よりも赤く染め上げた。
思わず金切り声を上げる砕蜂の前に、膝を折った狛村が目尻に残ったていた涙の痕を優しくなぞる。

「夜一殿が尸魂界を去った日。この森でお主と初めて会ったのだが・・・覚えてはおらぬ・・・か」
「・・・・夢だとばかり思っていたが・・・お前だったのか、狛村」

諦めを含んだ狛村の声音に、砕蜂は忘却へと向かっていただろう一つの記憶を掘り起こした。
砕蜂は記憶とを照らし合わせるかのように、狛村の頬の毛に手を伸ばした。
指先に触れる感触に互いが目を細め、笑みを浮かべていた。






「・・・・・今度は、お前が泣く番なのだな」

頬を梳いていた手を引き、狛村の頭を抱え込むように寄り添って砕蜂は呟いた。
膝を折っていた狛村の身体が咄嗟に立ち上がろうと反応したが、狛村は立ち上がらず、そのままの体制でいた。

「そうなのかも知れぬな・・・・」

慣れぬ人肌の温もりを感じながら、狛村はゆっくりと瞼を下ろした。








百年前、儂はこの森で砕蜂に出会った。

刑軍装束を着た少女が、桜の幹の下で眠って居るのを見つけて儂は正直焦っていた。
七番隊の隊長に就任して暫く経ってはいたものの、己の素顔を部下に見せる事に迷いを持っていた頃であった。
隊長羽織と鉄笠を部屋に置いたまま、人が滅多に来ないその森に入って居た事に気付かされたのはまさにその時だった。

「刑軍は・・・これから荒れるのであろうな・・・」

目尻に残っていた涙を、そっと拭ってから立ち去ろうとした筈だった儂の胴衣を掴まれた。
薄っすらと瞼を開けた少女が、ぼんやりとではあったがしっかりと儂の目を捉えていた。

「夜一様・・・・砕蜂は貴方の・・何だったのですか・・・」

その一言で全てが分かった。
この砕蜂と言う少女が、四楓院 夜一の側近として名を知らしめた蜂家の砕蜂である事。
敬愛した主君に裏切られた事。
僅かにだけ汲み取る事の出来る、少女だけの絶望。


砕蜂を抱えた儂は、顔を隠す事もせずに森を出た。
道ですれ違う人々は、驚愕の色を隠そうとはせず、儂と砕蜂を振り返った。
何時もの儂なら、その視線から少しでも逃れようとしただろう。
だか、儂はそれよりも気にかかる事があった。
儂の腕の中で、涙を流し続けている砕蜂の事が気がかりだったのだ。

寝ぼけた小さなかすれ声で、儂を夜一殿の友と思い込んで小さく小さく、言葉を紡ぐ。

泣くのは今日だけだと。
夜一殿の陰を追うのは、今日で終わりだと。
だから、泣いた事は黙っていてくれと。

儂はただ、相槌を打った。
儂がもし、砕蜂と同じ様な境遇になったならば、やはり涙を流すのだろうかと相槌を打ち続けた。


その日から何年かして、護廷十三隊に入隊した砕蜂を見かけた。
毅然とした態度で、真直ぐに目の前を見据えている砕蜂に、必要以上には声をかけはしなかった。

それが今日までの、互いの距離だと思っていた。



「得ても、失っても、悲しみはあるものなのだな・・・」
「ああ」
「お前があの時にくれた夢が、私を心穏やかにしてくれたのも事実だがな」
「・・・そうか」

あの日の儂のように、ただ相槌を打つ砕蜂。
あの日、儂の目に映ったのは、木々の葉に遮られた真っ赤な夕陽だった。


「取り戻そう」
「私が取り戻せたように、お前の大切な者を」
「大丈夫だ、狛村」


今日からは同じ場所で、同じ夕陽が見れるのだろうと、夕陽の眩しさに一滴の涙が流れていた。













あとがき

こちらのお話は、4月21日にNeutral Switc にて行われました絵チャット会で出ました話から
狛村×砕蜂のお話を書かせて頂きましたvv
このお話は、4月21日・5月5日の「Neutral Switch」ちゅけ様開催の絵チャット参加者様のみに捧げさせて頂きました。

すでに配布は終了しておりますので、参加者様以外の方のお持ち帰りはご遠慮下さい。

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上記のとおり、いただいてまいりましたー!!!